海辺の町を後にしたブダナシャは、北へ向かった。三つの山脈を越えた先、年間を通じて霧と雪に閉ざされた高原で、彼女は奇妙な道を見出した。道の両側には旅人も兵士もおらず、ただ岩壁に刻まれた無数の名と、その下に残されたさまざまな足跡だけが続いていた。完全な足跡もあれば、途中で途切れたものもある。杖、車椅子、義肢によって刻まれた痕跡さえあり、そこには人々がそれぞれの身体のまま生き、確かにこの道を歩んだ証が残されていた。
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山中には「回春院」と呼ばれる療養施設があった。病や事故、生まれつきの障害によって遠くへ赴くことのできない者を受け入れる場所である。ブダナシャは静かな療養所を想像して門をくぐったが、そこで目にしたのは、泣き崩れる人々の姿だった。院内の泉には不思議な力があり、失われた四肢を一時的に動かし、失明した者に視界を与え、歩けなくなった者を再び立たせることができた。ただし、その奇跡を一度受けるたび、別の誰かが十年分の未来を差し出さなければならなかった。
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院長は、それを呪いではなく、山泉が古来より守ってきた「等価」であると説明した。誰かが十年を差し出せば、愛する者に一日だけ歩く力を与えられる。二十年を差し出せば、失われた視界を取り戻せる。人々はいつしか、自らの人生を短くするほど愛情深い人間であると考えるようになっていた。だがブダナシャは、誰ひとり称賛しなかった。彼女が見つめていたのは奇跡によって立ち上がる者と、そのために突然老いていく家族との間に生じた、言葉にならない歪みであった。
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彼女は銀の天秤を取り出した。しかし今回は「治癒」と「喪失」を両端に置かなかった。片方には「治された身体」を、もう片方には「犠牲にされた人生」を載せた。天秤は瞬時に大きく傾いた。院長が、本人が望んで差し出した十年なのだから止める理由はないと言うと、ブダナシャは静かに首を横に振った。自ら選んだということと、犠牲にならなければ愛する者を救えないと思い込まされていないことは、決して同じではなかった。
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その夜、一人の少年が彼女のもとへやって来た。彼は生まれつき両脚を動かすことができず、泉の力を一度も求めなかった。その理由は、母親がすでに彼のために十年を差し出し、今では髪の大半が白くなってしまったからだという。少年は「立ちたい」のではなく、母親が自分の存在のためにこれ以上人生を失ってほしくないのだと語った。ブダナシャは魔術を使わず、ただ一枚の羽根を少年の手に置いた。そして、介護される者が永遠に罪悪感を抱くのであれば、それはすでに本来の慈しみから遠ざかっているのだと告げた。
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翌朝、院長は泉を再び開くと宣言した。山中に両眼の見えない少女が訪れ、その父親が二十年の寿命を差し出すと決めたのである。誰もがブダナシャに手を出さないよう求めた。今回は完全な自由意思によるものだからだ。それでも彼女は、泉の前で震える父親の手を見つめた。その瞬間、彼女が戦わなければならない相手は泉そのものではなく、人々が「奇跡」に依存するようになった心なのだと悟った。
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第九対、第十対、そして第十一対の翼が開かれた。時間魔術が谷全体へ幾重にも広がり、泉から生まれる一滴一滴の水が、その誕生した瞬間に固定されていく。過去に行われた無数の交換が、光景となって現れた。十年を差し出した者たちは消えたわけではない。ただ、本来なら自分のものであった未来を、少しずつ他者へ譲り渡していたのである。ブダナシャはそれを奪い返さなかった。奪い返すこともまた、一方的な強制になり得るからだ。彼女はただ、交換の重さを全員に見せた。
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そして銀の天秤を泉の底へ沈めた。天秤が測ったのは、誰が健常であるべきか、誰が欠けているべきかということではなかった。一人ひとりが本当に望んでいる暮らしそのものだった。再び歩きたい者もいる。痛みだけを軽くしたい者もいる。義肢を使うことを学びたい者もいる。今の身体を変えず、ただ哀れみの対象として扱われない自由を望む者もいる。「正常」という一つの言葉に願いを押し込められなくなった瞬間、泉は力を失い始めた。泉には命を交換する術はあっても、人間の選択そのものを理解する力はなかった。
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やがて山泉は枯れた。しかし回春院は滅びなかった。職人たちは以前より精巧な車椅子や義肢、補助具を作り始め、医師たちは長期的な痛みを和らげる方法を研究し、介護者たちは患者自身が暮らし方を決められるよう学び始めた。泉によって身体を変えた者たちの中にも、元の身体を取り戻せなかった者はいる。それでも彼らは初めて、自分の未来には「治癒」だけを終着点としない生き方が存在するのだと知った。
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あの少年も、再び立つことはなかった。彼は自分で改良した木製の車椅子に乗り、母親とともに院内の坂道を一つずつ調べ、どこに手すりが必要なのか、どこを低くすべきなのかを測った。母親は十年分の若さを取り戻したわけではない。それでも、もう「息子のために人生を犠牲にした偉大な母」として扱われることはなかった。ただ母親であり、彼もまたただその息子であった。ブダナシャは二人を眺めながら、介護とは一方が他方を救うことではなく、互いが自分の人生を選択できる余地を守ることなのだと理解した。
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出立の前、院長は泉を失ったことを後悔していないかと尋ねた。ブダナシャは首を横に振った。本当に残すべきものは、人の身体を一瞬で変える力ではない。互いのために別の方法を探し続ける、人間の忍耐そのものなのだと答えた。天秤をしまうと、背中の翼も一対ずつ消えていった。そこに残ったのは、ただ一人の旅人の姿だった。山道はなお長かったが、彼女は急がなかった。ここではもう、誰かが自分自身の方法で前へ進み始めていたからである。
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高原を下りる途中、彼女は振り返った。名を刻んだ岩壁には、新しい名前が加えられていた。完全な足跡の隣に車椅子の跡があり、その隣には一本の杖が細い線を残している。ブダナシャは、誰かにどの痕跡を残すべきかを決めなかった。ただ山の彼方へ手を差し伸べるようにして、再び未知の道を歩き始めた。帰るべき場所とは、すべての人間を同じ終点へ連れていくことではない。それぞれが、自分自身の歩き方を選べるようにすることなのだと、彼女はようやく理解していた。
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