夕暮れは、遠い山稜の彼方から静かに降りてきて、荒廃した街道を鈍い茜色に染め上げていた。風には焼けた木材の煤、湿った土、そして微かな血の匂いが混じっている。かつて人々の往来で賑わった辺境の町は、今や崩れた屋根と裂けた石壁だけを残し、逃れた者たちは互いの身体を支えながら、行く先も知らぬまま歩き続けていた。
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その絶望に覆われた荒野へ、一つの巨大な影が音もなく舞い降りた。八対の漆黒の翼が幾重にも開かれ、その羽先だけが異様なほど清らかな銀白を帯びている。夜そのものを裂くような姿でありながら、その者は炎上する家屋の傍らに倒れていた老人を抱き起こし、泥に汚れた衣を払いながら、まるで慈愛深い聖職者のように穏やかな眼差しを向けた。
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「こんにちは。」その声は、外見から想像されるものとは正反対に澄んでいた。「私は悪魔であり、天使でもあります。名はブダナシャ。恐れる必要はありません。私はただ、あなたたちを家へ帰すために来たのです。」老人はしばらく言葉を失った後、震える手で杖を握り直した。「悪魔が……人を家へ帰すというのか。」その問いに、ブダナシャは否定も肯定もせず、ただ静かに微笑んだ。
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彼女の掌には、一枚の小さな銀の天秤が浮かんでいた。左の皿には淡い光が宿り、右の皿には深紅の火が沈んでいる。二つは絶えず均衡を保ち、ほんの僅かな傾きさえも許さない。「帰る場所を決めるのは、神でも悪魔でもありません。」彼女は淡々と告げた。「その人自身が、もう一度生きたいと願うかどうか。それが帰路を決めるのです。」
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その瞬間、崩れた家屋の奥から幼い泣き声が響いた。ブダナシャは即座に振り返り、八対の翼を一斉に震わせた。その姿は黒銀の閃光となって瓦礫の間を駆け抜け、炎に包まれた梁の下で、一人の少年を見つけ出した。彼女は華美な呪文を唱えることもなく、両腕だけで重い梁を持ち上げ、少年を抱き上げると、自らの翼を傘のように広げて降り注ぐ火の粉から守った。
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少年は彼女を見上げ、恐怖に濡れた瞳で尋ねた。「あなたは怪物なの?」ブダナシャは少し考え、それから妙に真面目な顔で頷いた。「そう。怪物です。それに、とてもお腹が空いている怪物です。」少年の身体が強張る。すると彼女はすぐに言葉を継いだ。「でも、今は仕事中だから大丈夫。仕事をしている間は、人を食べません。」
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彼女が少年を抱いたまま焼け跡から出ると、街道の先には武装した兵士たちが立ち塞がっていた。北へ向かう唯一の橋を封鎖し、食糧不足を理由に避難民を通すことを拒んでいるらしい。ブダナシャはすぐには武器を抜かなかった。代わりに銀の天秤を空中へ浮かべ、その均衡する姿を全員に見せた。「道を開けてください。」その声音には怒気がなかった。「この人たちは、ただ帰る場所を探しているだけです。」
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兵士の一人が槍を投げた。穂先が彼女へ届く寸前、その背後から第九対目の翼が静かに展開した。飛翔する槍は空中で停止し、舞い落ちる灰さえも静止し、燃え盛る炎までもが燃焼という行為を忘れたかのように固まった。ブダナシャは槍を手に取ると、穏やかな笑みを浮かべたまま、それを二つに折った。「人を救うために来たと言ったでしょう。」声だけが僅かに低くなる。「どうか、救いの手段を醜いものにさせないでください。」
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次の瞬間、停止していた時間が再び動き始めた。しかし、誰一人として傷ついてはいなかった。兵士たちの武器だけが同時に砕け、橋を封じていた鎖が地面へ落ち、閉ざされていた門がゆっくりと開いていく。そこには死も流血もなかった。ただ、拒絶という意思そのものを無力にするほど圧倒的な力だけが残され、人々は初めて悟ったのである。彼女にとって、悪魔か天使かという呼び名は、本質的な意味を持たないのだと。
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だが、その夜に訪れた本当の脅威は、人間ではなかった。深夜、避難民の野営地の外から低い角笛の音が響き、崩れた城壁の向こうに無数の異形が姿を現した。恐怖の匂いを嗅ぎつけた魔物たちは、黒い濁流のように人々へ迫ってくる。ブダナシャは眠っている少年を老人へ預け、一人で野営地の外へ歩み出した。その背後で翼が一対ずつ紅く輝き、彼女の人の姿を覆う巨大な影が静かに膨れ上がっていく。
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「下がって。」短い一言が落ちた直後、第十対目の翼が夜空いっぱいに開いた。彼女は雷を呼ばなかった。代わりに、時間そのものを魔術として掌握した。魔物が一歩進むたび、その一歩は直前の瞬間へと引き戻される。爪を振り上げるたび、攻撃は完成する直前で同じ時間へ送り返される。結果として魔物たちは、進むことも退くこともできず、ただ永遠に未完成の動作を繰り返す存在へと変えられていった。
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夜明け前、避難民たちは荷物をまとめ始めた。老人は再び杖を背負い、少年はブダナシャの羽根を一本だけ握りしめていた。誰も彼女が悪魔なのか天使なのかを尋ねようとはしなかった。長い夜を生き延びた者たちにとって、名称など些細なものに過ぎなかったからである。彼らが知っていたのは、最も深い闇の中で、恐ろしい姿をした誰かが自分たちの明日への道を守ってくれたという事実だけだった。
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朝霧の向こうに、新しい村の輪郭が浮かび始める。ブダナシャはそれを眺めながら、自分の腹部へ手を添え、少し困ったように眉を下げた。「ああ……お腹が空いた。」小さく呟いた後、彼女は歩き始めた人々を振り返る。「まあ、今日も我慢しましょう。人を救うほうが先ですから。」その言葉には奇妙なほどの軽さがあり、先ほどまで戦場を支配していた超越的な存在とは思えなかった。
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彼女自身には、帰るべき家がなかった。疲れ果てた身体を横たえ、帰還を喜ぶ灯火が窓辺に揺れる場所など、これまで一度も与えられたことがない。それでも彼女は歩き続ける。家とは必ずしも一つの建物ではなく、迷った者が再び進むために誰かが守り抜く道そのものなのかもしれない。だから今日も、彼女は次の泣き声を探している。
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そして新たな街道へ足を踏み入れる直前、ブダナシャは振り返った。遠ざかっていく人々の背中を眺め、ほんの一瞬だけ寂しそうに目を細める。しかし次の瞬間には、いつもの微笑みを浮かべて翼を広げた。「もし帰る場所が分からないなら、私について来ればいい。」朝日に黒銀の翼が輝く。「さあ、行きましょう。私が連れていきます。」
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